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この記事で伝えたいこと
「Excelは基本から学習したので、しっかり使えます!」——そう言って入社した新人が、なぜか現場で固まってしまう。このミスマッチ、本人のせいでも、教えた先生のせいでもありません。 犯人は、私たちが受けてきた Excel学習の「お決まりパターン」 そのものにあります。 この記事では、元大学教員の私が授業で正面から扱ってきた「技術より先に必要な前提概念」の話を、そしてそれがAI時代になって、なぜいっそう重要になったのかをお話しします。
【注意】実際の授業で使用していたことから、Excelをスプレッドシート(統合表計算ソフト)の代表例として取り上げています。しかし、これをGoogleスプレッドシートやMacのNumbersに置き換え読み進めても、この記事の内容は十分に理解できます。
「Excelは使えるのに、戦力にならない」問題
こんにちは。インフォる学のロゴ博士です。少し前、新聞などでこんな趣旨の批判を見かけた時期がありました。
「Excelは使えるのに、戦力にならない新入社員」
関数も知っている。グラフも作れる。ピボットテーブルだって触れる。なのに、いざ実務のデータを前にすると手が止まる。「習い覚えた技術を、どう使えばいいのか分からない」——そんな状態に陥る社会人一年生が多いのです。
そして残念ながら、この実情は今も大きくは変わっていません。むしろ、AIが当たり前になった今、この問題は 静かに深刻化している と私は見ています。
なぜ、こんなことが起きるのか。統合表計算ソフトの代表格であるExcelを扱う授業で、私は長年にわたってこのテーマと対峙してきました。今日はその核心をお話しします。
私たちは、Excel学習で「だまされて」きた
少し挑発的に聞こえるかもしれませんが、あえて言います。Excelの学習において、私たちはずっとだまされてきました。
ただし、これは指導者や教師の責任ではありません。なぜなら、彼ら自身もまた、だまされてきた——というより、そう思い込まされてきたからです。誰にも悪気はない、それなのに全員が同じ落とし穴にはまり続けてきた——これが厄介なところなんです。
Excelの基本技術そのものは、真面目に取り組めば誰でも習得できます。決して難しくありません。問題は、技術の手前にある 「ある見落とし」 に、誰も気づかないまま社会に出てしまうことなのです。
教科書的な学びの「お決まりパターン」
その見落としを説明する前に、ありがちな「教科書的Excel学習」を振り返ってみましょう。たいていは下表の①から③の三段階、より多くの授業をこなした学生ならば④に至る四段階で学びを進めます。
| 進度 | 学習内容 | 学ぶ人の気分 |
|---|---|---|
| ① 計算 | セル番地・関数を含む数式を覚え、問題を解いて慣れる | 「関数って便利!」 |
| ② 集計 | 整然と並んだデータを受け取り、①の技術で集計する | 「フィルハンドル最高!」 |
| ③ 可視化 | 集計結果から読み取りやすいグラフを作る | 「私、Excel使える!」 |
| ④ 分析 | 応用編としてピボットテーブル・グラフを作成し、分析レポートを作成する | 「私って完璧!」 |
見かけ上は、とてもきれいな流れです。そして最後、学生は「私はExcelを使える!」「完璧!」と胸を張り、教師も「君ならバリバリ仕事ができる!」と太鼓判を押して送り出します。
ところが、この新人たちが、現場でことごとく壁にぶつかるわけです。
では、いったい何が抜け落ちていたのか
ここで立ち止まり、よく考えてみてください。教科書的な(ある意味効率的な)学びのどこに問題があったのでしょう。
答えは、先ほどの表の ②にこっそり潜んでいます。整然と並んだデータを受け取ってきた——これこそが、最大の落とし穴でした。
私はよく、こんな例えで説明していました。
部屋中がゴミだらけで、机の上は本や文具が散乱状態——このような部屋があったとき、あなたたちはどのような順序で部屋を綺麗にしますか?おそらく大半の人が、最初に掃除機でゴミをとり、次に文具・本を整理整頓しますよね。2つのステップを通じて、片付け(掃除・整理整頓)という大切な能力を身につけるわけです。 しかし、もし最初から部屋にゴミがなかったら?そのような部屋で生活する人は、整理整頓の力しか身につきません。つまり、お掃除する力が欠落してしまうのです。この意味がわかりますか?
補足をひとつ。ここで言う「お掃除」は、ホコリ取りだけでなく、散らかったゴミや不要物を取り除いて、場を使える状態に戻す作業を広く指します(整理収納でいう「整理=捨てる」も、ここでは「お掃除」に含めています)。
学校の教材データは、いつも誰かが先に「お掃除」しておいてくれた、モノは散乱しているものの「ピカピカの部屋」でした。そのような部屋で生活する生徒・学生は、与えられた「きれいなデータ」を目的に応じて整理整頓(計算式やグラフの作成)して、「Excelを使える」と自認します。しかし、自分で部屋を掃除(後述する「データ整形」)した経験は一度もありません。つまり、自認は錯覚なのです。これが「技術はあるのに戦力にならない」の正体です。
ちなみに、整理整頓が行き届いた部屋のように、決まりに従って整然と並べられたデータのことを、専門用語で データベース と呼びます。多くの学習教材は、最初からデータベースの形で配られていたわけですね。参考までに、データベースは大雑把に言って「最上段に見出しが1行あり、見出しに名称の違いがない」ような構造を持つデータの集まりです。(厳密な定義はあらためて別記事で説明します。)
現場のデータは「散らかっている」のが当たり前
問題は、現場で出会うデータが、ゴミまみれでまったく整然としていないことです。乱れ方も多種多様で、きれいに整っていることのほうが稀。
その証拠に、国や自治体がWebで公開しているオープンデータ(条件付きで自由に使ってよいデータ)をいくつか開いてみてください。セルは結合され、見出しは二段三段、空白だらけ——一目瞭然です。参考までに、オープンデータの一例を以下に掲げておきます。これは私が実際の講義で用いたデータで、後の記事でも引用・利用します。

出典:文部科学省「平成28年度 学校教員統計調査(確定値)」統計表「2 都道府県別 年齢別 本務教員数(小学校 公立/中学校 公立)」政府統計の総合窓口(e-Stat) https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000031687426&fileKind=0
(※2026/06/07にリンク先データの存在を確認)
そしてここが大事なのですが、Excelは意外なほど「きれい好き」なアプリです。しっかり掃除してからデータを渡してやらないと、正確に分析してくれません。ゴミだらけの部屋のまま「集計して」と頼んでも、的外れな答えかエラーを返してくるだけなのです。
💡つまずきポイント: e-Statのように最初からデータベースをダウンロードできることを謳うオープンデータもあります。確かに一昔に較べると格段に進歩していて、データベースに近い形式でダウンロードが可能になっています。しかし私がランダムに10個ほどファイルをダウンロードしたところ、データ整形が不要なファイルは見当たりませんでした。
必要なのは「データ整形」という掃除の技術
この「データを掃除する技術」を、ここでは データ整形 と呼ぶことにします。よく似た言葉に「前処理」「データクレンジング」「データハンドリング」などもあります。厳密には、それぞれ守備範囲が少しずつ違う”親戚”のような関係で、まったく同じではありません。その違いはいずれ別の記事で整理しますが、ここではまとめて、散らかったデータを分析できる形に片付ける力とざっくり捉えてください。
私は授業で、こう言い切っていました。
お掃除に相当する、データ整形の技術を身につけてもらうこと——これが、この授業を履修する目的だと思ってくれて構いません。
そもそも私は「表計算ソフト」という呼称は、昔から気に入っていませんでした。「計算」のイメージが強すぎるんです。そのせいかは分かりませんが、「私は文系で計算が苦手だからExcelもダメ」と言い切る学生が想像以上に多いのが現実でした。 「表を作って計算する」という発想自体、もうこの時代に合っていません。だから私は、担当授業を 「データマイニング(データの山、すなわちデータベースから宝を掘り出すこと)」 の入口として教えてきました。そして、その宝にたどり着くための最初の難所が、データ整形なのです。いや、「最初で最後の難所」と言った方がよいかもしれません。
AI時代、この話はさらに重くなった
ここまでは、実はAIが普及する前から変わらない真実です。ですが、生成AIが当たり前になった今、この話の重みは一段と増しました。
考えてみてください。AIにデータ分析を任せるとき、私たちは何をするでしょうか。データを渡して、指示を出しますよね。そのときAIに渡す前のデータがゴミだらけだったら、どうなるでしょうか。 AIは賢いので、適当にお掃除してそれらしい答えを返してきます。でもその答えは、しばしば「きれいな間違い」です。見た目は整っているのに、中身は信用できない。
つまり、データのゴミをお掃除する力——データ整形のスキルは、AIに仕事を任せる時代にこそ、人間側が手放してはいけないExcelの土台になったのです。技術(集計作業やグラフ作成、あるいはAIへの指示)の前に、まずゴミだらけの部屋をお掃除できること。これが大切なのです。順番を間違えてはいけません。
「Excelが使える」とは、整然としたデータの上でグラフを描けることではありません。ゴミまみれで散らかったデータを、自分の手で片付けられること。ここに気づけたなら、これから何を頑張ればいいか、もう自ずと見えているはずです。
次の記事に向けて
面倒な「お掃除」を、いっそAIに丸投げしたらどうなるのでしょうか? 次の記事『AIの「きれいな間違い」を見抜く力**』で、私が実際にAIとデータ整形をやってみて、見事にハマった落とし穴の話をします。AI時代に人間側へ残る仕事の正体も、そこで見えてきます。
もっと深く学びたい人へ
ここまで読んで「で、その『お掃除』、具体的にどうやるの?」と思った方へ。プログラミングなしで、Excelの標準機能だけでデータ整形を実践できる一冊を紹介します。散らかったデータを「型」で片付ける感覚が、手を動かしながらつかめます。
ただしこの書籍では、私が授業で学生に伝えた技法とは少々異なるアプローチを図っている面があります。ロゴラボ流の整形術については、またいつか記事を改めて・・・。
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余談(Excel上級の方々向け)
データ整形は構造変換を含む技術だから、お掃除だけでなく整理整頓も含まれるはずだぞ!——このように気づいた、おそらくExcel上級のあなたは偉い。確かにそのとおりでございます。ただ「中級以下の方々にとっては、それなりに分かりやすい例え」かなと思い、実際の講義での話を修正することなく、そのまま転用しました。データ整形の定義については、近いうちに詳細に解説する予定です。
ということで、さいならー(逃走)。


